「宮島彫り」に生きる

宮島の文化と伝統工芸士の技。

Interview 03

千年先も、いつくしむ。宮島

「宮島彫り」に生きる
宮島の文化と伝統工芸士の技。

Interview 03

宮島杓子(しゃくし)に代表される「宮島細工」。その起源は、江戸末期の僧侶・誓真(せいしん)が弁財天の琵琶をモチーフに杓子を考案し、参拝者向けの土産物にしたことと伝えられている。後にロクロなどの技術が導入され、宮島の木工品は発展。1982年に国の伝統的工芸品にも指定された。そんな宮島細工の一つ「宮島彫り」の師匠の下で学び、伝統工芸士として歩み始めたお二人に話を聞いた。

木彫りで、
写実的な繊細さを追求する。

左から伝統工芸士の大野浩さん・沖田要さん
左から伝統工芸士の大野浩さん・沖田要さん

「宮島細工」には「杓子」をはじめ、手作業で木材をくりぬいて角盆などに仕上げる「刳物(くりもの)細工」、木工ロクロで丸盆などを製作する「ロクロ細工」、木製品の表面に装飾彫刻を施す「宮島彫り」がある。 宮島に「宮島彫り」の技術を伝えたのは、甲州の彫刻師・波木井昇斎(はぎいしょうさい)。弟子たちは技を磨き、「宮島彫り」は他の宮島細工と共に、明治の終わりごろ最も繁栄した。しかし時代の変化で、後継者は徐々に減少。
そんな中、2024年に大野浩さんと沖田要さんが、「宮島細工 彫刻部門」の伝統工芸士に認定された。師匠は約50年間、宮島で彫刻刀を握り続けた故・広川和男さん。二人は15~16年前から師事し、装飾彫刻の基礎から学んだ。
「宮島彫りの大きな特長は、彫刻技術がとにかく繊細で写実的なこと。木の肌触りや木目が生きるように、仕上げ染めにはお茶や紅茶などの天然染料を主に使います」と沖田さん。古くから菓子器や茶たく、丸盆などに施されてきた「宮島彫り」。お茶文化との深い関わりも伺い知れる。

※ページ冒頭の写真(鳥居を望む風景を描いた丸盆)は、故・広川和男さんの作品。

木製品の表面に装飾彫刻を施す「宮島彫り」

絵が浮き上がるように立体的に彫る「浮かし彫り」のほか、背景ではなく絵そのものを彫り込む「沈め彫り」、三角刀1本で線を刻む「筋彫り」が主な技法。材料は、トチをはじめサクラやケヤキなど、堅めの木材を用いる。

用途や握りやすさに合わせて、彫刻刀は柄や刃先を加工。師匠である故・広川和男さんが、使用していたものを見せていただいた。

用途や握りやすさに合わせて、彫刻刀は柄や刃先を加工。

完成度は構図で決まる。
技は経験値がすべて。

ともに20代で弟子入りした大野さんと沖田さんだが、それまで宮島と特別な接点はなく、このような伝統工芸品があることを知らなかったという。
「専門学校の木工科を出た後、後継者育成事業の公募を知って訪ねたのがきっかけです」と話すのは大野さん。興味本位だったが、師匠の作品を見た瞬間、その細かな技に魅了されたという。沖田さんは大学で日本画を専攻。宮島の土産物屋で装飾彫刻の実演を見られると聞き、ものづくりへの関心から足を運んだ。
木工と日本画は、「宮島彫り」に共通する部分も多そうだが、「ゼロからの学びでした」と二人は口をそろえる。まずは、風景や花など彫る対象物をしっかり観察し、ひたすらスケッチを重ねた。物のつくりを自分の中に落とし込む作業が、丸盆や菓子器など「彫る素材」それぞれに適した構図に反映されるからだ。また、木材によって堅さや木目の出方が違う。それらの特性を見極める目も養わなければならない。「経験値がすべて。いまだに何が正解かをずっと考えながら彫り続けています」と沖田さん。しかし、自分が描いた絵を彫刻で表現できること、使える技法などが増えていくことは、楽しさであり、喜びでもあると話す。

大野さん制作の丸盆
沖田さん制作の丸盆

1枚目は大野さん制作、2枚目は沖田さん制作の丸盆。仕上げ加工によっても、作品の表情は変わる。なおこれらの作品は、宮島伝統産業会館で購入することができる。

後世に残したい、
宮島ならではの伝統技術。

「ずっと彫り続けるなら宮島に住んでほしい。季節の移り変わりなど、肌で感じたことが作品に反映されるはず」
師匠が健在だったころ、そう助言された大野さんは、弟子入りから数年後、宮島に移住。
「先生と一緒に歩いた原始林の風景や、島に流れるゆったりした時間など、見たこと感じたことが、“自分色の宮島”としてもっと表現できるようになりたいです。そして作品の幅を広げていくことが目標です」と話す。大野さんは、題材として選ぶものも宮島の風景が多い。

伝統工芸士の大野浩さん

一方、桜や牡丹など「花を彫るのが好き」と話す沖田さんは、「宮島彫りには色味がないのですが、花の色が浮かび上がってくるような、季節感が漂う作品を手掛けたいですね。絵と材の相性を熟考して彫り続け、公募などにも積極的に挑戦していきます」と語る。

伝統工芸士の沖田要さん

お二人は現在、後継者育成事業の講師として技術指導も行っている。
「今は一人でも多くの方に、宮島彫りに触れてもらい、知ってもらうことが第一だと考えています」と大野さん。
「宮島彫りは、島の歴史の中で生まれた文化であり、観光資源の一つです。宮島彫りに限らず、宮島ならではのものが消滅していくと、他の観光地と同じになっていくと感じます。だからこそ伝え残していきたいんです」と沖田さん。
伝統工芸士として歩み始めたばかりの若き彫刻師たちの言葉が響いた。

2019年広島県美展 優秀賞受賞作品(沖田さん制作)
2019年広島県美展 優秀賞受賞作品(沖田さん制作)
宮島伝統産業会館

取材を行った場所「宮島伝統産業会館」は、多数の宮島細工の伝統工芸品を扱っており、広川氏の師匠、故・大谷一翠(いっすい)氏の作品も多数保存。
場所は、フェリーを下り宮島桟橋を出て左、徒歩1分。
宮島彫りの体験等、詳細はホームページから。